そばこのハピ☆ラキ工房

モンハン歴14年☆心身ともに元気な狩人増加による世界平和の実現が密かな野望…☆

イメトレで感じた解放

今日も夏らしい1日でしたね。

そばこは昨日のイメトレでスッカリ何かが引っこ抜けてしまい…。

全く気合が入らないので、

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マスクを作ってました。

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夏用に作っているマスクはポケットがついていて、そこにフォルターがわりになるものを挟み込めるようになっています。

一時期、不織布で作ってある排水溝のゴミ袋を切ってマスクにするという話が出て、品薄になっていた時期がありました。

そういう不織布を切ってマスクのポケットに入れたりしてみてはいかがでしょうか?

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ブラウスと同柄のマスクも作成。

この生地、薄くて目が詰まっているのでアイロンをかけるととってもきれいに形ができます♪

リバティのお洋服を持っている方は、マスクを作れる程度のハギレをお手頃価格で取り扱っている通販サイトもありますので、お洋服と同じ柄を探すとこんな風にお揃いのマスクを作れますよ〜😊✨


リバティだと市販のお洋服は大概そこそこ定番柄なので、名前が分からなくても根気さえあれば割と見つかります。


昨日のイメトレはなかなか自分でタイミングが合わず、やり始めた時間が0時を過ぎてからになりました。

イメトレをする時って、基本的には台本に沿ってするんでしょうけど、イメトレの前の準備体操のようなこと(チャクラの活性化みたいなこと)をしていると、

何度も浮かんでくる同じイメージや、時には身体感覚に気づくことがあります。


私はイメトレに関してはビギナーなのでこれでいいのかどうかはサッパリわかりませんが、途中で浮かんでくるイメージは追い出さないようにしているので、

湧いてきたイメージがあるなら一緒にイメトレの中に入れてしまう、

身体感覚はできれば流れのままフォーカシングして(できたらイメージ化してしまう)どんな感情と関連しているのか探るようにしています。


昨日、そばこが何となくイメトレのタイミングを逃し続けていたのは、

「今日はなんとなく台本とは違う事をした方がいい気がする」

とぼんやり考えていたからでした。


いつも日記をつけていて、その日記にはその日のイメトレの記録なども付けていますが、昨日は先に日記を付けました。


日記をつける時、側にいる龍さんたちとコンタクトを取ってコミュニケーションを深める時間にしており、そのツールとしてオラクルカードを使用しています。

いつもは何か一言とか言う感じでアドバイスをもらっていますが、昨日は

「何についてイメージをするのがいいのか?」

と尋ねてみたのです。


答えの一つは、

・繰り返し思い浮かぶこと

もう一つは

・誰かを頼ってごらん

ということでした。


誰か?

って、だれ??

って思い、それじゃあ、龍さん教えてくださいね!

と話してその日の会話は終了。


それからなかなかイメトレに向かう気になれず、いつも通りモンハンをし、活動時間が終わったのでゲームを終えました。


ふと、ファスティングの時用にお友達が貸してくれた本の入っている袋を見て、適当に1冊を手に取りました。

適当に読んでいたら、ふと手が止まるページが。


「父親と不仲の人が持つ劣等感や嫌悪感は、父親の子育ての後悔が娘の内面に宿ったものである」


という文字で目が止まりました。


もしや、これか。

とピンときました。


そばこは長年父親との不仲に悩み続け、そこから逃げ出すために一人暮らしをしていたこともありました。

結局、父親以外のことでもいろいろと自分を抑圧しすぎて遂に破裂。

どうしようも無くなってたどり着いたのがレイキやシータ、心理療法でした。


長年、家族なのに憎しみを持つ自分を嫌悪しながらそれを止められない自分に絶望していました。

そんな中、心理療法の先生が

「嫌いな人を好きにならなくてもいい」

言ってくださったたった一言に、心から救われたのを覚えています。


心はかつてより楽になったものの、辛いことは変わりません。

この本のたった数行の文章が、私に前へ進めと言っているような気がしました。


デスクに腰掛けてふと引き出しを開けました。

そこには亡くなった父方の祖父の写真がありました。

お葬式の時、散らかった部屋の中で写真がふと目に留まり、何故かその写真を拾って帰ってきたのです。


そして、捨てるわけにもいかず、ずっとその写真を引き出しにしまっていました。

父親の生い立ちは私の知っている限りでもいい話とは言えず、私が知っている部分でも、兄弟と常に比較され、存在を否定され続けたことばかりが思い出されます。


離れて暮らす祖父と真面目な話を一度もしないまま別れることになりましたが、子どもの心をここまで屈折させたことを祖父と祖母はどれくらい分かっていたのだろうかと思いました。


祖父は田舎に帰って食事の際、みんなが集まるといつも泣いていたことを思い出しました。

なんとなく、

「あんなことをしたけど、まともになって良かった」

と思っていたんじゃないかと思ったのです。


写真に向かってレイキをして、瞑想しました。

感じるのは「鎖を切ってほしい」という願いでした。


イメトレをする前に「鎖を切れるような気がする」となんとなく思いました。

イメトレに入ってしばらくしてから今までで感じたことのない場所に何かが刺さったような身体感覚がありました。


右の上の肺です。

そばこの結核の治療痕がある場所です。

ちなみに父親も結核の元患者です。


何かが刺さっている、これはなんだろう?

根気強く働きかけていると、それは「孤独感」と「誰にも理解されない」という諦めと悲しみと虚しさがまぜこぜになった感情でした。


そばこにも長年その感情がありました。

同じ感情を自分も、父親も持ち続けていたと言うことです。


時間がかかりましたが、イメトレの中で刺さっていたものは抜け、鎖はバラバラに溶けていきました。


現実の関係についてはどうこうしたいとはもう思えないけど、


ただ、父親や家族に「元気で楽しくしていてほしい」と思えるようになりました。


その後、これほど自分ハグした時に自分とリンクした感覚は初めてでした。

イメージの中で自分をハグしても、どこか浮いたような気持ちがしていたのは、これか…とようやく分かった気がします。


イメトレが終わった後、すっかり放心してしまいました。

今まで長年この問題を何とかしたいと思って受けてきたセッションは一体なんだったのか、と思うくらいの感覚でした。


胸がスカスカするのです。コルセットを着けていたのを何年かぶりに外したような。

なんかズバーーーーーーーーンと窓が開きっぱなし。


思った以上にたくさんのものを背負っていて、それが一気に無くなったかんじがしました。


ああ、ありがとう。

見える人たちも見えないみんなも

いろいろありがとう。

なにもかもありがとう。

そして自分にもありがとう。

どこかしこにありがとうを言いまくっておりました。


ハピラキ〜\( ´ ▽ ` )/✨ありがとうありがとう✨


 ではでは、今日も読んでくださってありがとうございました😊✨ 

 今日もそばことみなさんに愛💕とハピラキ✨いっ〜ぱいふりつもる〜☆